思うように歌えないときや、歌うのがつらいときにこそ

歌の泉
 
 
「思うように歌えない」と言うと、あなたはどんな状況を思い浮かべますか?
 
たとえば、上手く歌えなくて悔しいとか、声が使えなくて喉が苦しくなるとか、
イメージ通りに歌えなくてもどかしいとか、思うように歌える体調や環境ではないとか、
気持ち的に落ち込んで歌うのがつらいとか・・・いろいろありますよね。

そんなとき、忘れたくない大切なことがあります。

 
今日は、最近レッスンであったのことを、2つお話ししたいと思います。
 

あなたの中にある【歌の泉】

  
先日、ある生徒さんが久し振りにレッスンに来られました。
 
彼女は入院中。外出許可が出たのに合わせて、レッスンに来てくれたんです。
 
久しぶりに顔が見れてとっても嬉しかった。いつもと変わらず、元気そう。
でも入院治療中なんだから、本当はいつもと同じように元気なワケではありません。
 
 
当然ベッドの上にしばらくいると誰だって筋力も落ちますよね。
 
なので彼女自身も歌いながら、「今までより体力が落ちているな〜」とか「息が苦しい・・・」なんて感じていたことでしょう。
 
実際、思うように歌えないもどかしさを感じていたと思います。
 
それは彼女にとって違和感だったかもしれないし、ショックだったかもしれないし、もしかすると思いのほか出来ているな〜って思ったかもしれません。それは自分の体と対話をしている彼女本人にしかわかりません。
 
 
でもわたしは彼女を見て、歌があってよかった!と思いました。
 
 
歌自体もよかったですよ。
いつもと変わらず声も使えるし、やっぱり体で覚えたことは感覚として掴んでいることを感じました。
 
自分が得たテクニックもそれなりに引き出しに入っている。
 
確かに元気な時に比べると思うように歌えないし、パワーもないけど、今はそんなのは当たり前。
これで体力が回復すれば何の問題もありません。ひと安心。
  
 
それより何より、やっぱり・・・思うんです。
 
 
これが出来るとか出来ないとか、歌が上手いとか下手とか、歌唱力があるとかないとか、出来が良かったとか悪かったとか、
 
そんなことあんまり大事じゃないよな〜って。
 
 
もちろん歌が上手くなりたい。って思うことは悪いことじゃありません。
 歌が上手くなるために目標をもって練習している人もたくさんいるでしょう。
 
 
でも歌って、上手く歌うために歌うものじゃないと思うんです。
 
 
 
歌うって、なんだろう。。。
 
心の泉??
 
・・・のようなもの??笑
 
 
 
湧き上がってくる思い。
押さえていたら溢れてしまう思い。
 
 
でもそれは、ただの感情的なものではなく、
現実的な出来事や思考でもなく、
自分の中にある、生きる水っていうか、活力というか、、、、
 
 
うまく言えませんがやっぱり、泉ですね。
 
それを「歌ごころ」って言うんだと思います。
 
 
 
 
誰でも、自分自身の生きがいや大切なもの、真剣に取り組めることなどを持っていますよね。
 
私の場合も子供たちは生きがいだし、仕事には一番多くの時間とエネルギーを費やし、真剣に取り組んでいます。
 
 
でもこの泉って、そう言うものとは少し違う気がするのです。
 
費やすエネルギーではなく、湧き出るエネルギー
 
私自身の中から生まれてきて、私自身の体を通して声に変換され、放出されるもの。
 
 
きっと歌いたい人の心の中には源泉が流れていて、
その自然に湧き上がってくるものが、自分の声や体を通して外に出て行くんだと思いませんか?
 
この時点で、源泉の量や質(歌の上手さ)は全く関係ないんだと思います。
 
 
歌の才能のある人はおそらく、その泉にいつも豊かに水が湧き上がってきて、それをスムーズに音楽に乗せられる人。
 
でもそういう人はごくわずかで、たいていは思うように歌えず
湧き上がってくる水をどう活用していいか、その方法がわからなかったり
湧き上がってくる水を外に出したいのに、上手く声や体が使えなかったり。。。
 
 
だけど歌いたい人の心の中には、きっとそんな源泉「歌ごころ」があるんですね。
 
 
これがとっても大事です。
 
 
この湧き上がってくるものが、何より大事なんです。
 
それがあれば、体がうまく使えなくても、調子が悪くても、技術的なことが掴めずに上手く歌えなくても、なんとかなるんです。後からついてくると言うか。
 
 
彼女の心にある泉は、ちゃんと流れてました。
だからよかった。それが嬉しかったんですね。
 
 
この水が枯れてしまったら、きっと心も枯れてしまうでしょう。
 
 
入院中ずっと歌えなくて、久しぶりに歌った彼女は、
「やっぱり楽しい!歌うのって楽しい。」って言いながら、次の発表会で歌う曲を練習していきました。
 
最近はオープンマイクなどにも顔を出しているようです。
 
何度も言いますが、今は、元気で問題なく活動できるような状態ではありません。
実際移動には付き添いが必要で、いつもより歌うのがしんどくてラクじゃなかったと思います。
 
でも歌うことで「気持ちが病気を上回るのを感じた」と言っていた言葉を聞いて、私もパワーをもらいました!
 
 
もちろん生きているといろんなことがあり、とても歌っている場合じゃない時だってあります。
でもこうして歌うことで活かされる場合もあります。
 
この水は彼女自身を潤し、生かし、輝かせていることでしょう。
 
 歌うことで満たされる
 

歌えることって、当たり前じゃないんだ

 
 
普通の暮らしをしていると、その人にとっての普通のことは、当たり前にできます。
スタスタ歩いたり、ゲラゲラ大声で笑ったり、ご飯を美味しく食べられたり、自然に息をしたり・・・
 
いま当たり前にできていることが、当たり前でなくなった時に初めて、その当たり前の有り難さがわかるのかもしれません。
 
 
声を出して歌うこと。
 
それは私にとって、当たり前のことだと思っていました。
 
でも、当たり前じゃないんですね。
 
 
もしかしたら、突然声が出なくなって歌えなくなるかしれない。
ちょっと筋力が落ちるだけで、踏ん張りきかなくて、息も続かなくなるのかもしれない。
ぎっくり腰になったら体の支えもきかないだろうし、
最近多いのは、逆流性胃腸炎で、胃酸で喉の粘膜が荒れてしまい声がかすれるとか、
ライブ前に口内炎なんかできたら、歌いづらくてしょうがないだろうし。笑
 
ちょっとした体の不調でも、思うように歌えませんよね。
 
それほど、自分自身の心や体と密接につながっているもの。
 
それが歌。
 
 
病気と闘いながら歌っている人は彼女の他にもいて、とくに最近、いろいろ問題を抱えて歌どころでない人や、
難しい状況にありながら希望を持って歌うことに向き合っている人を見ていると、そう感じるようになりました。
 
このほかにも、壁にぶつかって歌うことが苦しくて迷路にハマっている人もいます。
 
そんな時こそ、本当にこの泉が大事だなと実感します。
 
 
 
歌えることって、当たり前のことではない。
 
まして、思うように歌えなくて当たり前なんです。
 
思うように歌えないのが当たり前。。。。
 
 
だからこそ、楽しんで、感謝して歌いたいなと思います。
 
 歌える喜びをかみしめて歌おう。
 
上手に歌うんじゃなく、1曲1曲を大切に歌おう。
 
 
それがきっと泉の水を豊かにしていく秘訣なのかもしれません。
 
 
 
多くの方が誤解していると思いますが、ちゃんとできるから楽しめるんじゃないんです。
 
上手く歌えるようになったら楽しめる!と思うかもしれませんが、そうではありません。
 
あなたの心が歌うことを楽しめるか、どうか。。。。
 
 
 
確かに全然上手く歌えず、出来ないことだらけだと楽しめませんよね。
だから練習するし、勉強するし、葛藤するし、落ち込むし、試行錯誤するわけです。
 
 
そんな悩みも、面倒も、まるごと受け止めて、楽しみめたらステキです。
 
 
 
思うように歌えないつらさも受け入れる 
 

歌う上で一番大切な基本

 
 
もうひとつ。最近、私のかわいい生徒さんから長いメールがきました。
 
「歌うことがつらい。。。」以前のように好きな歌が楽しめず、歌うのが苦しい。。。
それって悲しいことです。
 
どうして上手く歌えないの・・・?
上手くなりたいと思えば思うほど、歌うことがつらくなり、思うように歌えない。
 
 
そういう気持ちになることだってあるし、同じように悩んだ経験がある方も多いでしょう。
 
そんな時こそ、基本に立ち返ることが大事。
 
 
歌う上での基本って、腹式呼吸?正しい発声?姿勢?腹筋トレーニング?などなどいろいろ言われていますが、
私はそんなことではないと思います。
 
この泉は、歌うためにとっても大切な基本。軸というのかな。
 
この上に立たなければ、バランスを崩して見失ってしまうのです。
 
 
上手く歌えないことで、苦しい気持ちになるかもしれません。
上手く歌えないことで、気持ちよく生きれないこともわかります。
上手く歌えないことで、自分を否定したり責めてしまうこともあるでしょう。
 
 
勢いよく水を放って人の心に浸透させるには、確かにそれなりの技術力も感性も音楽力も必要ですよね。
 
でもそもそも水があふれていないければ、何も始まらないのです。
 
 
この泉は、あなたの歌いたいと思う気持ち。
歌わずにいられない思いです。
 
 
そして、「歌がうまくなりたい!」と思う気持ちは、この湧き上がってくる源泉のことではありません。
 
情熱ではなく、欲求かな。 
 
そこを勘違いしている人もたくさんいます。
 
もちろん、「歌がうまくなりたい!」というこの欲求が自分自身を高めていくので、これは大事です。
 
ですがそれ以上に大事なのは、この情熱と欲求のバランス。
 
 
いくら歌がうまくなりたいと思っても、この源泉がなければ、空まわりするんですね。
歌が上手くなりたいという欲求ばかりになってしまうと、日に日に歌うことが苦しくなっていきます。
 
あなたの心の中から湧き出る「歌いたい」という泉以上に
「上手くなりたい」という思いが上回ってしまうとバランスを崩します。
 
 
歌の泉 
 
 
さらに、歌うことの喜びよりも、水路を作ることでいっぱいになると、歌心が枯れてしまうのです。
 
レッスンをしていると、当然水路を作るためにいろんなことをやるわけです。
もちろん目的は、あなたの中から湧き溢れてくる水を、いかにして素敵に聴き手に届けるか?が目的だけど。
 
この源泉を忘れて、立派な水路(上手く歌うこと)を作ることに必死になってしまうと、水が枯れてしまいます。
 
ちゃんと水が流れていないのに、もっとあーして、ここをこーしてと、水路を作ることで頭がいっぱいになってしまうと、行き詰まってしまいます。
 
 
あなたの泉を大事にしてください。
 
そして、それぞれの泉にあったバランスを保ち、大切に育ててください。
 
 
悩みや迷いは必ず襲ってきますが、でもそれは、次への一歩の前に立ちはだかった壁。
それさえも楽しめるといいですね。
 
 
でももし、歌うことが苦しくて、歌えなくなったら、歌わなきゃいんです。
 
プロはそれでも歌わなきゃなりませんが、あなたは苦しんで歌う必要はありません。
ちょっとの間お休みしましょう(^-^)
 
音楽は逃げていきません。
 
 
そしてチョロチョロと流れている水が少し勢いづいてきたら、
大事に大事に、またはじめればいいんです。 
 
 
だから大丈夫。
この泉があれば、すべては後からついてきます。
 
 
今日は最近レッスンで感じたことを、私なりに書いてみました。
 
 

まとめ

 

◆上手く歌うために歌っているんじゃない。
歌が上手いとか下手とか、歌唱力があるとかないとか、そんなことはあまり大事じゃない。

◆歌いたい人の心の中には泉があり、それを「歌ごころ」というなら、水が豊かに流れていることが大切。
 
◆歌えることって、当たり前のことではない。まして、思うように歌えなくて当たり前。 

◆だからこそ楽しんで、感謝して、歌える喜びをかみしめて大切に歌おう。

◆基本の上に立たなければ、軸を見失いバランスを崩します。あなたの泉を大切に。
 
歌の泉

2 件のコメント

  • いつも納得と感動のレクチャー、ありがとうございます。
    フェイスブックでお知り合いになれて、運が良かったです。

    昨年、逆流性食道炎になり、喉が焼けて2ヶ月ほど声が出なくなりました。それでも、歌の泉が枯れていなかったのでしょうか、ひどくなる前に申し込んだ声楽コンクールに、まだ治りかけのひどい声でダメもとで出場してみたら、甲信地区予選を通ってしまい、自分でもビックリしました。
    ところが、東日本大会の前に、交通事故の加害者になり、相手の方に申し訳ない気持ちが歌の泉を枯らしてしまったのでしょうか、逆流性食道炎は治って体調もいいのに、まったく歌うことが出来なくなりました。
    たとえ歌えても、事故の加害者なのでコンクールどころではなく、棄権しましたが、またしばらく歌えない悲しい日が続きました。
    でも、歌えなくても、音楽からは離れたくなくて、むさぼるように聴きまくりました。ジャンルを問わず、真剣に聴きました。
    相手の方も退院し、お詫びもして何日か経ち、ふと、聴きながら一緒に歌を口ずさんでいる自分に気がつきました。声が戻ってきた!歌の泉がまた湧き出したのでしょうか。本当に嬉しかった。
    体調や出来事、色々ありましたが、いつも歌が、音楽がそばにいてくれました。
    歌えるって本当に特別なことですね。
    歌えることに感謝し、楽しみながら、これからも歌っていきたいです。

    • 相良さん、コメントありがとうございます!そしていつも読んでくださってありがとう(^-^)
      声と気持ちは繋がっていますよね。
      そのような大変なことがあると気持ちよく歌えなくなりますね。
      でも戻ってきてよかった!!
      これからも歌っていってください。
      PS:逆流性食道炎、、、、、最近多いです(>_<)気をつけて。

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